あひるのひとりごと

国指定の難病であるSLE(全身性エリテマトーデス)患者だけど、精一杯生きてます。大好きな植物さんのこと、ルーマニアの伝統楽器パンフルートのこと、夢の実現への足取りや、そのほか想うこと…書いています。

「正義のヒーローはもういらない。」

 先日、国連の環境会議でスピーチした方のことが話題になっています。その方の行動に影響された方々のデモの参加人数も、回を追うごとに増えているようです。賛否両論、社会では取りざたされていますが、私は、ちょっとその動向に違和感を感じています。今回は若者たちへの今の私なりの言葉を書き連ねてみたいと思います。

 

 その方は言いました。世界に向けて。

 

 あなたたちには失望した。

 しかし若者たちはあなたたちの裏切り行為に気付き始めている。

 全ての未来世代の目はあなたたちに注がれている。

 私たちを失望させる選択をすれば、決して許さない。

 あなたたちを逃がさない。まさに今、ここに私たちは一線を引く。

 世界は目を覚ましつつある。変化が訪れようとしている。

 あなたたちが好むと好まざるとにかかわらず。

 

(翻訳引用:東京新聞)

 

 それに応えて、ムーブメントと化していくデモの姿…未来を恐れて子供産まない宣言をする若者たち。

 

 この方のスピーチと言葉遣いに、私が感じたのは、昔は私もこんなことを想っていたなあ、幼かったなあ、ということ。うちの主人しかり。私も大人たちが嫌いになったし、肉食しなかった時期があるし、主人は高校時代環境問題と未来について心配し過ぎで拒食症&うつになったし。少し遡れば、かつての大学闘争や、環境問題や消費者運動反戦運動、ヒッピーも似た空気が。あれから数十年、世界は変わった部分もあり、変わってない部分もあり。かつての若者が大人になり、今度は次世代の若者に刃を突き詰められています。まったくもって、「若者文化の歴史は繰り返す」状態と感じます。

 

 

 ただ、今回私が感じたことはもう一つありまして…。

 

 

 この映像を見た時私の脳裏をよぎったのは、かのISの指導者が先日のビデオメッセージで「同志たちよ、行動を起こせ、ジハードを始めよ」といっていた姿。それがそっくり重なり、心底空恐ろしい感情をこのスピーチに感じたのです。まるで、自分たち〈環境正義の若者たち〉と〈経済正義の大人たち〉は「別の存在である」と『隔離』し、〈若者たち〉が、〈大人たち〉に対して宣戦布告しているかのよう。また、後日アメリカで実際に彼女は「戦い続ける」という言葉を口にしたところをみると、それを意として行っているのでしょう。

 

 

 でもそれって、何かおかしい…。

 

 

 経済格差や宗教差別などの「人と人との隔離感」こそが全ての戦争の原因であり、「自然と人間との隔離感」が温暖化をはじめとする環境問題を生んでいるというのに、彼女のスピーチや行動では、逆にそれをあおっている結果に思えたのです。

 

 一歩間違えれば、本当に暴動を引き起こしかねません。

 

 彼らのことを環境正義という人たちがいます。でもよく考えてみてください。正義を振りかざす「傲慢な心」こそ、突き詰めれば真の温暖化の犯人なのでは?と思うのです。元々こんなに人間と自然との間に隔離感がなければ、人間は自然に対して敬意を払い、大切に付き合ってきたはずだから。

 

 

 彼女にはヒーローや指導者にはなって欲しくない。また若者たちにはヒーローの真似事をするだけの人になって欲しくはありません。そう心から思います。

 

 

 あの頃の自分にかけてやりたい言葉を、メッセージとして贈ります。

 

 

 「滅びるかもしれないのに、学校に行く意味などない。デモという行動を起こそう」。そう焦る気持ちはわかるしデモを完全否定するわけではないけど、デモをしても、現実的な未来はすぐには変わらない。その時間があったら図書館で、たくさんの言葉に触れて欲しい。不安に負けないために。本当に変えなければならないのは、こころ。心が変わらなければ、表面的な変化はあっても問題はぶり返す。

 

 人は不安な時、ヒーローという虚像をを求める。だけどヒーローの崇拝や真似事は偏見や差別や戦争を産む。さらに悪いことに、人はヒーローに勝手に期待を寄せといて、現実がそれについて行かないと、今度はそれを攻撃し始める。世界の政権を見てごらん。そんなことをもう何十年もやっている。「将来苦しみたくない。悪いのは大人たちだ。自分たちを苦しめでいるのは大人たちだ。」と心に壁を築き、かつてはヒーローだった大人たちの過去をなじり現状を嘆いても、それは何も生まない。大人や他人の行動に怒りを燃やす時間は、それこそ残されてはいないよ。転換点はまだ先だと信じているみたいだけど、残酷なことに30年以上前に過ぎてしまったと私は思う。まずそれを認識すること。そして、本当に未来を変えたいのなら、全てを学ぶこと。大人の想いも。そして他者を攻めず許すことを学ぶことだと思う。

 

 あと数年後には社会を担う年齢なら、これからの社会をどんなふうに作りたいのか、その時どうしていたいのか、今、それをまず、一人一人が考え、決めること。考え続ける事こそ大事だと気付くこと。一人一人が救世主。大人も含めてね。時間が大事だと思うなら、ビジョンを作る時間に費やして欲しい。そのビジョンに向かって一歩ずつ向かうことが、真に温暖化にあがらう道であり、未来へ続く道しるべになるのだと思う。

 

 それから、子供を産まないことが本当に正しい?一見立ち向かっているようでいて、現実からの逃避でしかない。。地面に生きる小さき生き物たちは、明日死ぬとわかって今日自ら死を選ぶ?多分、しない。小さき生き物たちにも劣る生き方を選ばないで。まだわからないと思うけど、子供は自分の意思で生まれてくる。親の意思だけではないんだ。生まれる可能性を閉ざすことは、見えない殺人に等しい。聖戦といって自爆するのと何ら変わりない。子供を環境のせいで立派に育てられず殺すことになるから産まないという後ろ向きな選択や、二酸化炭素を増やさないために人口を増やさないという選択ではなく、温暖化しきった社会で、人間がいかに適応して生きていくか考え、未来を生き抜いて「こんな世界でも生きる術を探してくれ、守り育ててくれた」と感謝される大人、そして親になって欲しい。そのための道筋を作ることこそ、私を含めて今を生きる人としての役割ではないかな?遥かな先史時代、寒冷化や温暖化に負けず様々な生き物たちや人間が適応し今に至るように、私たちも適応していけばいい。生き抜く術を確立した暁には、子孫たちにこう呼ばれるでしょう。「あの時代の大人たちの勇気ってすごい」と。

 

 私も、声高にではなく、日々静かに、思い、考え、探し続け、行動しよう。

 

 若者たちも大人たちもと同じ地球人。まずその想いだけあれば。

 

 いま地球はきっとそれを望んでいる。