あひるのひとりごと

国指定の難病であるSLE(全身性エリテマトーデス)患者だけど、精一杯生きてます。大好きな植物さんのこと、ルーマニアの伝統楽器パンフルートのこと、夢の実現への足取りや、そのほか想うこと…書いています。

「ありのままごと」カテゴリーテーマ名の由来

 春になると、地面のそこかしこでせっせせっせと働くアリさんたちを見かけるようになります。小さいの然り、大きいの然り、茶色いの、黒いの、さまざま。

 

 夏になれば、今度は収穫した果物たちにくっついてきたアリさんたちが、家じゅうをウロウロ。ただ悲しいかな、このアリさんたちは古巣にたどり着くことなく、一生を終えていきます。

 

 小さき者たちは、それでも、ありのままに輝き、生ききっていく…。毎年毎年のこと。

 

 でも私を含めた人間という存在も、大きな地球から見ればきっと同じ様に見えているのでしょうね。喜怒哀楽を繰り返しながら、過去から未来へ続く旅路を歩む人間の姿を。

 

 小さな里の片隅で、私もアリさんの様にありのままに、ままごとをしながら生きています。

 

 

  「ありのままごと」とは、私が20年ほど前、起業塾講座に通っていた時に仮想店舗名として作った言葉です(注・決してアナ雪からの発想ではありません…笑)。でもいつか、この名前の小さな店を持ちたいな~と日々、構想(空想?妄想??)を練っています。

 

 

 このカテゴリーテーマでは、主に私が日々思うことについて綴っていきたいと思っています。よろしく。

〈SLE体験談 その14〉

 皆さんこんにちは。久々の体験談です。

 先日、池江選手、一時退院して元気そうな姿を見せてくれました。精神的にもとても良かったと思います。病状は一進一退かもしれませんが、感染症に気を付けながら、ゆっくりと歩いていって欲しいなと思います。

 

 さてさて、SLEの話。

 

 先日、図書館でおや?と思う本に出合いました。

題して「免疫の反逆ー自己免疫疾患はなぜ急増しているかー」(ドナ・ジャクソン・ナカザワ著 石山鈴子訳 ダイヤモンド社 2012年3月刊)。パラパラめくってみると、「ループス」との文字。そう、SLEの「L」のことです。

 早速借りて帰り、じっくり読んでみました。やや専門書的な部分もありますが、ある程度医学的知識を身に着けていましたので、内容的にはかなり理解できたと思います。

 

 内容をざっくり話しますと、ジャーナリストであるこの著者自身もギランバレー症候群という自己免疫疾患の罹患者であり、罹患をきっかけとして自己免疫疾患が急増の一途をたどっていること、その原因が現代の社会構造そのものに起因しているらしいことを掴んでいきます。その要因は大きく分けて二つ。

 

 名付けて、発がん性物質ならぬ「自己免疫誘発物質」。

 

 いわゆる環境ホルモンとして有名になったダイオキシンやPCBなどの化学物質による自己免疫システムへの絶え間ない「攻撃」と「活性化」。

 水銀や鉛などの重金属によるたんぱく質の変化と免疫システムの「撹乱」。

 

 それぞれ個人発病までのの許容量には格差があり、その限界量を超えると発病するらしい…というところは、花粉症やCS(化学物質過敏症)と同じです。また、本書内では水俣病イタイイタイ病の様に、有害廃棄物に高度に汚染された地区でループス(SLE)が集団発生(!!!)し、5年もの抗議活動の末産廃の撤去作業が行われた事例が取り上げられています。しかも厄介なのが、こうした問題が起こっているのが経済的に恵まれないマイノリティ社会であること…。

 

 その二つに加えて実際の発病の「きっかけ」・トリガー(誘因)となるのが、EBウイルスやワクチン接種や過度のストレスというごくありふれた些細な事柄。

 

 こうしてみると、本当に、自己免疫疾患が風邪と同じく「誰もがいつかかってもおかしくない」病気となっていることに、正直、驚きました。SLEの集団発生が実際に起こっているなんて考えもつかない事で、読みながら思わず、うなってしまいました。

 

 締めくくりは、では、どうしたらいいのか?ということですが、まずは化学物質に頼らないライフスタイル・加工食品に頼らない食生活に移行すべきだと著者はのべています。 あまりにもありきたりな答えではありますが、正直、それ以外に選択肢はもう人類にはないのだろうと私も思います。自然界に分散している重金属は分解・回収不可能(現時点の科学では)ですし、いくら完全無農薬・自然栽培・高エネルギー食品だとしても地球上の1ミクロンの砂粒まで全てが汚染されつくされているから、どんなにセレブがこだわっていてもクリーンなものなど手に入らないのです。がんと同じように、誰がかかってもおかしくない。 

 

 まずはその事実を知ること。それしかないんでしょうね。

 

 むろん、この本の内容すべてが真実であると鵜呑みにする必要は無いし、かといってすべてデタラメであるとも言い切れない、一面の真理を含んでいる本だと私は思っています。もしご興味のある方がいましたらご一読くださいませ。

 

 

 私がSLEに一足早く(?)罹ったのは、まるで、オ・チャル(群れの警告者、という意味。上橋菜穂子精霊の守り人」シリーズから引用)なんですかね…?。自然な農業をしたくて農業者になったら、SC(化学物質過敏症)になってしまったという方がいらっしゃいますが、私の場合、私の母が強皮症(膠原病の一種。自己免疫疾患)であり、自然な食事をなるべくとって育ち、自然食や自然農業諸々の知識がもともと通常より持ち合わせていた本人がこうして罹患したというのは、何か意味あることだと思わざるをえません。

 

 といっても、大それたことは出来ないので、せいぜいポチポチとブログでも書いてるしか今は出来ないのですが。

 

 本日はこの辺で。では、また。

ブログ始めました。

主人のつくったHPとブログの引っ越しが終わったの機に、私もブログを始めました。

私の書く文章は長いので、むしろFBより、ブログ向きだったようです。

自分が過去を振り返った時、自分のことがより深く分かるように、色々、書き残したいと思います。

末永くよろしくお願いします。

 

〈SLE体験談 その13〉

〈SLE体験談 その13〉

 皆さんこんにちは~梅雨に入りましたね。カビが気になる半面、曇りの日が多いので紫外線対策がちょっと楽(油断は大敵ですが)。出掛けるチャンスかなとも思います。楽しんで生きましょう。

 さて、今回は現状とこれから!について。


 前々回の外来から通院間隔が2週間から3週間に伸び、ステロイド剤が1ミリ減量の9ミリになりました。先生が何より恐れてるのがステロイド剤の蓄積作用で、それを考えるとなるべく早く減らしたいのですが、急激な変化は反作用を招くので、数値を見ながら先生いわく「最終目標は5ミリ、なおかつ血漿交換は卒業」、でも後は数年かけてゆっくりですね~とのこと。当初は測定不能なくらいの高数値で、腎生検の結果も「Ⅳ」という深刻な状態だった(!!)のから比べると、順調ですね、頑張りましょう、とのコメントでした。

 治療上の数値はあくまで基準値に近づきつつありますが、では日常生活はどうか?ということですが、退院当初に比べれば楽になったとはいえ、多分これは一生の付き合いになるだろうなという症状はいくつかあります。

全身のうずき…じんじんとしびれるような感覚。
動悸というか全身の脈動を強く感じる。
息が上がりやすい、息苦しいような感覚。
しんどくなってくるとキーンというような耳鳴りが強くなる。疲れが取れると収まる。
ぐ~っと眠くなるというかまぶたが重くなる。
頭が働かない。

 そんなときの対処法はひたすら「横になって寝る!」
考え事をしたくても、かたづけたくても、時間がもったいないと思いつつ、しんどい時は同時に頭も働かないことが多いので、何も考えないようにしてとにかく「あきらめて」寝ます。寝れる時はまだいい方で、横になるだけの時も多いのですが、悪あがきで重くなったまぶたを必死に片目開け、スマホで調べ事する時も。逆に夜中目が冴えて眠れなくなることもあり、あせらず無理せず今度は眠くなるまで起きてます。
とにかく自然体をモットーに生きるのがこの病気と付き合うのがコツといえるのかなと私は思います。最近注目されている自律神経を正常に保つメソッドは心身ともに効果のある方法だと思い、学んで取り入れています。

 それにしても、退院当初から比べると体調はだいぶ楽になりました。一時かなりボリュームが減った髪も戻りつつあります(ぼろ隠しと汗取りを兼ねてのバンダナ巻きはまだやっていますが)。この長い髪の中には、細く色が薄い部分が一部あります。病状が酷かった時のなごりです。根元からの間隔が次第に長くなっていくのを見て、時は移ろっていくなあと感じます。私の大事な記念品として、時折り、箱にしまっていたりします(ちょっと趣味悪い??)。

 そして、これからのこと。

 自分の人生の責任を病気や誰かのせいにせず、代わりに出来る事を必死に考え実行する。
前回の「私は私を生きる!」ということは、つまり同時にこのことでもあると思うのですが、「病気になったから○○出来ない」と逃げない。病気持ちの母はよく「病気が良くなったら…」と先延ばしの夢を言っていました。現在はというと、脳梗塞の影響もあり、失語症のリハビリをしながら父による介護生活を送っています。父や母の姿を見て、人生がもったいないなあと思うことしきり。私は同じ轍を踏まずに生きていく!と強く思っている次第です。私の生き方の密かな憧れは、上橋菜穂子さんの「獣の奏者」の主人公、エリン。まさに「生ききる」とはこのことだと感じさせる姿に、フィクションでありながらこうありたいなと思っています。興味のある方はどうぞご一読ください。

 なかなか実現までは難しいですが、いろいろやってみたい夢を一歩ずつ計画を立ててはいます。ネット社会はそれを発表できるのはいいですね、一瞬で世界中に宣言できるのですから。ただし責任を伴いますが。

 ということで、ではここで発表しちゃいます!やりたいことベスト10!小さい希望から大きな無謀まで(笑)。

ヤフーブログの引っ越し(これは必要に迫られて11月までに!)。
ホームページの再構築(これもHPの引っ越ししてから手つかず)。
リンパなどの体の仕組みと古代食の勉強(これは一生のテーマですな)。
切り絵とパステルアートを組み合わせた作品の製作と販売(手に職も必要)。
薬草やハーブ・野草の勉強、そして生活への取入れ方法の模索と提案(東南アジア・韓国をお手本に)。
パンフルートをはじめとする音楽演奏会を開く(やっぱりこの音色が好き)。
小説を一本書きあげる(主人公のプロットがまとまりつつあります)。
自宅ショップのメニュー開発と開業(これはあと20年は先かな)。
地域の土壌・気候に合わせた森林生産品の研究(この里が好きだから)。
地域自立のためのアヒル卵の生産・商品化・流通の実現(日本初の取り組みかも?)。

…発表しちゃったー!!もう後戻りはできないぞ。

 最後の二つは私の為というより息子たちの為かな。実現するのは恐らく数十年後。その時、わたしはいるでしょうか?私はいなくても、この大地が覚えていてくれることでしょう。そう願って。

 というわけで、これにてひとまず〈SLE体験談〉はおしまいにします。今後ともこの病気との付き合いは続きますが、状況については時々、アップしたいと思います。

ではでは、また…!

〈SLE体験談 その12〉

〈SLE体験談 その12〉

 こんにちは~皆さんお元気ですか?
私の場合ですが、♪きょうは元気、いま元気、だけど明日はわからない~♪
…書いてるこの瞬間はほどほど元気だと思ってください。

 

 今回は私の飲んでいる薬と治療についての思いを書いてみたいと思います。

 現在服用中の薬は7種類プラス1種(皮下注射)、それと血漿交換です。

プレドニゾロン錠5ミリ2錠(副腎皮質ホルモン、いわゆるステロイド剤)
セルセプトカプセル250 4錠(臓器移植にも使う免疫抑制剤
プログラフカプセル1ミリ3錠(これも免疫抑制剤、活性化Tリンパ球に作用)
プラケニル200ミリ奇数日1錠偶数日2錠(もとはマラリアの薬)
ランソプラゾールOD錠15ミリ1錠(胃酸の出過ぎを防ぎピロリ菌除菌作用も)
サムチレール内容混濁液15%5ml 2包(エイズの方も服用する肺炎予防薬)
リカルボン錠50ミリ月に1回(ステロイドの副作用である骨粗鬆症の予防薬)

ベンリスタ皮下注200mlオートインジェクター週1回(高額な抗体製剤です)

二重ろ過血漿交換療法(DFPP)3週間に1回(血液中の抗体を取り除く)

以上!

…と言われても「何のこっちゃ?」という感じですよね。
私もそう思います(笑)。

 今回この文章をまとめるにあたって、免疫のことから体の仕組みから薬のことから色々調べまくりました。高校講座生物基礎とかウィキペディアとか。ハッキリ言って頭パンクしました(泣)。ので、詳しくはここで書きません。書く気になればある程度はまとめられるけど、皆さんの頭もパンクしますから。きっと。

 でも大事なのは、ざっくりでもいいから、それらを知ろうという努力をすることだと思います。担当医の先生は幸いとても良い先生ですが、信用しないという意味ではなく、先生任せにすることなく、患者本人も病気そのものを冷静に見つめ、向き合うということ。パソコンやスマホで簡単に情報が得られる現在という時に罹患したのは、とても幸運だったと思います。20年ほど前、膠原病についての資料は図書館や書店で得られる数冊の本しかありませんでした。…実は私の実母も膠原病の一種、シェーグレン症候群と強皮症の罹患者です。

 膠原病をはじめとする自己免疫疾患は難病に指定されている通り、メカニズムが難解な病気です。リンパ球のT細胞が、B細胞が…と相互に影響し合い、インフルの様に「ウイルス殺せばハイ終わり」という具合にはいきません。それでもステロイド剤のおかげで生存率は上がり、現段階で解明されたメカニズムを応用した抗体製剤と呼ばれる治療薬も徐々に増えてきています。それらはあくまで対処療法の域をまだ出せんが、いつか人間の体の仕組みがもっと解明され、ドミノスイッチの居場所をつき止められる日が来ることを信じています。病気と言うものの存在も、ひょっとしたら、人間が人間と言うものをより深く知るための起爆剤、課題として、あるのかもしれません。全ての人が健康だったら、探求欲も湧かなかったかも…私も含めて。人類そのものの発展に寄与できる体になったのだと考えれば、病気になったことに逆に感謝の念さえ湧いてくるのです。

 難病ということで、自然療法が良いという話も聞きます。実際、実母が病気持ちだった関係上、自然療法の知識も人よりは知っているつもりです。が、実際に自分が難病になってみると、結局は自分の身体に合わせておいしいと感じる物を口にするのが一番かなと思いました。いくら体に良いとされるものでも、どうしても口に合わない物をいやいや食べるより、どんなに変な取り合わせでも、食べたいな!という欲求に素直に従う方が精神的にも落ち着き、良い日々を送ることが出来るからです。自律神経学的にも理にかないます。
また、こんなこともあります。
入院中、ちょうど放送していたNHKの人体シリーズ、「免疫」の回だったでしょうか、「骨髄で生まれた免疫細胞が教育される場所(パイエル板)が腸には存在する」ということをやっていて、ハタと思い至ったことがありました。自然療法の考え方の一つに「千島学説」と言うものがあります。これは全ての血液細胞が骨髄ではなく小腸で作られるという考えで、近代医学と真っ向から対決するものでした。調べてみると学説が発表されたのが1932年から1959年、パイエル板の役割が解明され始めたのが1970年代以降。現在ではさらに詳しく解明されているはずです。近代療法がいいか、自然療法がいいか喧嘩している間にも、実際の体の中では、骨髄で生まれた細胞たちが腸で教育されせっせとと働いていたわけで、結果的には骨髄も腸もどちらも必要で正しかった…という結論のようです。何ともお粗末な。なので、私はあくまで近代医学も自然療法も、否定も肯定もしません。
近代医学が進歩し、かつ自然療法がうまく利用される日が来ることを願ってやみません。

 長くなりましたが、最後に先日発表されたニュースを一つ。朝日新聞デジタル版に「市販液体のり白血病治療の救世主に?専門家驚嘆」との記事。これまで培養が難しかった造血幹細胞(赤血球や白血球の親)が、何とコンビニでも売ってるアラビックヤマトなどの主成分であるポリビニルアルコール(PVA)で大量培養できることを発見したそうで、骨髄に住んでる細胞さん、実はこんなものがお好きなの!?かと…いやはやほんとわけわからんです。人間の体と言うものは。

それではまた。次回はいよいよ最終回!(…たぶん。)

〈SLE体験談その11〉

〈SLE体験談その11〉

 池江選手、先日久しぶりに本人のコメントが出ましたね。白血病の詳細は触れられてはいませんでしたが、治療は順調とのことでひとまずほっとしました。

 前回からの続きで、SLEになったことつまり「変わったこと」によって退院後「変えたこと」について。


 自分を大事にする
もとより、SLEになったことの後悔は全くという程なく、冷静でした。ただやはり難病であるのは変わりませんから、その「意味」を考える時間も多くなります。
SLEは、自分の免疫細胞が自分の細胞(正確にはDNA)を攻撃する抗体を作ってしまう病気です。自分の身体が自分の身体を傷つける…自分が自分を攻める…何ともパラドックスですよね。
なら、せめて。
自分(の心)で自分の心を責めるのはいやだ、やめよう、と思いました。もっと自分を大事にしよう。我慢するのをやめて、自分の人生を大事に生きよう。
「私は私を生きる!」
これは「ME TOO!」現象に象徴されるように「社会に屈せずに自分を大事にしようよ!」という声を上げ始めた現代社会全般に拡がっている意識でもあるとは思うのですが、とにかくSLEを含めた「自分」という人生を大事にとことん味わい抜いて生きてやる!と決意しました。

それに加えて、追い打ちというか、決定的に感じた出来事が入院中にありました。
じっくり見るいい機会だと主人にまだ読んでいないある誕生日占いの本を持って来てもらい、何気なく試してみたのです。それだと私の両親と息子の3人が「青」、舅姑と主人の3人が「オレンジ」、そして私はなんとたった一人「赤」という衝撃的結果が…。
こりゃ~周りと意見が合うはずがないわ、と、ものすご~く合点がいき、それ以来「私は私、もう我慢しないっ!私は私を生きるゾ!」と強く思ったのでありました。

 服の色の見直し
自分を大事にするということで、まずやったのが服の見直し。
入院中、主人に頼んで着替えを持って来てもらいましたが、改めて見るとどうにも情けないものばかり。自宅に帰ってからも紫外線避けに長袖が必要だと洋服を見回してみても、どうにもくたびれた&くすんだ色ばかり。
ふり返って考えてみれば、自分は茶色が似合っているとばかりにナチュラルではあるけどくすんだ色味の物ばかり選び、買い物するのも農作業が忙しいのでシーズン外に行くしかなく、自分に似合うものというより取りあえずサイズがあって着られればいいという状態の積み重ねの日々。
自分がトコトンみじめにおもえて…(涙)。これからはもっと自分の身なりも大事にしよう!と。
短い人生どうせ着るなら明るい服を!と通販でいろいろ買いました。家族には収入が減って大変なのに、と嫌がられましたが、先の誕生日占いの色の事もあるし、高くなくてもいいからせめて自分に似合う色を身に着けて輝きたいと強く思いました。
一年経った今、段ボール箱収納から10年越しで卒業し(嬉泣)、新たに買ったプラ製の洋服ダンスには明るめの色が増えてきました。気持ちも明るくなりました。
ちなみに、参考にしたのは通院治療(2時間かかる血漿交換)中に見はじめたヒルナンデス!の「格安コーデバトル」。といっても、万単位の価格設定はとてもかなわないけど…。

 部屋の整頓
これは先の「変わったこと」でも触れましたが、帰宅してしばらくやった作業は部屋の掃除と整理。おかげで、3階と1階の納戸は大分すっきり(まだ足りないけど)しました。
が、問題は自分たちの部屋。
模様替えと掃除と今まで手付かずだった整理をいっぺんにやらざるを得なくなったため、今だ道半ば。おまけに子供の卒業&入学の整理整頓も重なり、それらの作業もあって、ここ最近ようやくまた自分の整理が再開できたというところです。まあ、焦らずコツコツぼちぼちやります。
参考にしているのが、ボックス収納法とこんまりさん、メンタリストのダイゴさんらの特集がのった雑誌の特集記事です。これも「私は私を生きる!」の一つの形でもあり過去の自分の興味を持っていたものに向き合う作業は大変ですが楽しい事でもあります。しかし新たに興味関心が出てきたことの資料も増えて、なかなか部屋はすっきりといった状態にはならないのが悩みの種です。資料好きな性格は名前(博物館、の博が付いてる)からしてこれはきっと治りようがないなあ…。

 次回は私の薬や治療についての思いについて書いてみたいと思います。
 それではまた~。

〈SLE体験談その10〉

〈SLE体験談その10〉

 皆さんこんにちは~。
堀ちえみさん、今度は食道がんで手術とのこと!ビックリです。不勉強でしたが重複癌ってあるんですね。免疫が落ちてるとこういうこともあり得るのかな…。
担当医の先生いわく「PETの癌検査は10万位かかるよ。でもその前に、まずは市町村の定期検診はしっかり受けてくださいね」。ハイ、町の健康診断は6月以降、しっかり受けます。後は、運、ですかね。


 さて、退院してからのことについて。平成が令和になりますが、「変わったこと」と「変えたこと」
を書いていきたいなと思います。

 まず、「変わったこと」。

 新陳代謝
退院してからしばらくの間は、体の中心線を中心にやたら脂っぽく、お風呂から上がってもベタベタしたり、何となく全身が鱗っぽく(?)なったり、爪の伸びが早かったり、ふくらはぎの粉吹きが酷くてお風呂に入る度に靴下をはたいたり…。恐らくステロイドの影響。3カ月くらいは大変だったかな。現在は落ち着きました。
 抜け毛。
これは入院中から徐々に始まり、ウイッグが必要になるかな?と調べたり、家族からも「眉毛薄くなったね」と言われて慌ててアイブローを引っぱりだしたり(普段化粧は全然しないので)。汗をかく時期でもあったので、おしゃれも兼ねてバンダナをするようにしたのもこの時。農業研修中以来かな。SLEによる脱毛は個人差もあるようで、ネット上の体験談にもはっきりこれくらいまでという目安はなかったのですが、ちょうど半年が経つ頃脱毛はおさまり、現在、髪の束も以前と同じように太くなりつつあります。むしろ、くせ毛でボリュームが多いのが昔から悩みの種ではあったので、完全に戻るのは困るんだけど(泣)…ぜいたくな悩みですね。眉も元通り。
 睡眠障害
これは悩んでもしょうがない。で、1~2カ月ぐらいで落ち着きました。
 味覚障害
一番の悩みがこれ!病気になるまでは特に好き嫌いもなく、入院中はおいしいと感じていた食事が、しばらくするとだんだん苦痛に。帰宅直後は、白粥を作っていたりしたのですが、だんだんと白飯の味や食感と匂いが苦手に。妊娠中もそうでしたが、うるち米やもち米独特の苦みというか何かに極端に反応するようになったというか…。現在も朝食での白飯は以前に比べて回数が少なくなりました。
あと苦手になった物は、醤油味、家の寝かした味噌(醤油っぽい)、脂ぎった魚の干物や煮魚、玉ねぎ入りのしょうゆ味のおかずと玉ねぎ入り家味噌の味噌汁。一時はケチャップ味やカレーお茶も苦手に。現在は紅茶かほうじ茶なら大丈夫。焼いた食パンは食べるのは大丈夫だけど焼く時のツンとした匂いが今も苦手。
味覚障害と共に、薬の副作用による吐き気が多少影響しているのか、逆に一時無性に食べたくなったのが実は妊娠中につわりで「万年二日酔い状態」を経験した時と同じメニュー。しばらくは通院に行くたびに昼食はカルボナーラのパスタか、エビグラタンか、鳥皮串の塩味やベトナムのフォーをよく食べてました。いわゆる塩味がメインです。あと鶏肉。家では絶対出てこないものばっかり、救いの一食です(泣)。最近はカルボナーラやエビグラはあまり選ばなくなりましたが、家で自分が作る物や外食時は今でも塩味が多いです。
 体のだるさと頭の回転数。
これは今でも日によりまちまち。大事な用事が入っている日の前は、あまり無理をしないように、やるべきことだけやってひたすらゆっくりする。頭の回転数は昔から悪いほうですが(笑)、体調が悪いと回りもなおさら悪くなるのでそういう時はひたすら寝るだけです。で、身の回りは片付けたい書類の山です(泣)。仕方ないけど、こればっかりは短い人生がなおさら生かせないとガックリするときもあります。
 嗅覚過敏。
これは入院中から恐れていたことで、家から持ってくる着替えや本がやたらカビ臭い(泣)。雑菌に注意するようにと言われてるのに…と一時は知人宅に身を寄せることを自分の中では真剣に悩んでいたほど。家が山の中のため空中湿度が高いのです。で、帰宅後はひたすらカビ退治。カビを避けなければいけない本人がやらざるを得ないのは情けないけど、他の人は何も感じないと言うし、ましてや掃除が嫌いというのだから仕方ない。ゴム手をし、ハッカ油を混ぜたアルコール片手に、ひたすら窓際のまっくろくろすけだの、納戸のカビの生えた飾り籠だのを退治。掃除の成果かマスクを四六時中しているためか、以前よりは感じなくなりましたが、湿度と室温が高い方のが好きでハッカ油が嫌いな家族とのバトルの方が、カビとのバトルよりよっぽど大変だとため息つきつき、今も体調を看つつ一人せっせとやっています。

 長くなりました。次回は「変えたこと」について書きます。
 それでは!