手に入らない幻の麦
そもそも、私は麦芽はもちろん水あめを作ったことがありません。
そこでまず試しとして、手元にある六条皮麦シュンライと六条裸麦のもち麦で麦芽を作り、水あめは出来ないか?とネットでいろいろ調べ始めたところ、工程に一つの疑問が湧いてきました。水あめの大体の作り方はこうです。「麦芽を粗挽きにして炊いた粥に混ぜ、一定の温度を保ち糖化させ、それを『絞って』得た液体を煮詰めて水あめを作る」。つまり、搾りかすは捨ててしまうのです。唯一、搾りかすをそのまま活用するのが出ていたのが福島・会津地方のレシピ。そこでは麦芽をさらしの袋に入れて液をとり、それで糖化してお米の粕を食用にしていました。ただここでも麦芽そのものは捨ててしまう。恐らく理由は「皮麦を用いて皮ごと砕いてあるから」。
うーん、もったいない。そう感じてしまったのです。ならば、と考えました。
裸麦で麦芽を作ればいい。
通常、麦芽は皮がはがれにくい「皮麦」で作ります。ビールの場合はその皮がろ過をするときにろ過材として働くため、ついてないと都合が悪いのだそう。一方、食用として愛されて来たむぎこがしは、関西では「裸麦」のうるち種で作り、炒ったのをそのまま挽いて粉にしてきました(関東では皮麦で作るため炒ったあと皮を取り除きます)。いわばお米で言えば玄米をまるごと炒って粉にして食べるのと同じで栄養価が高い。麦芽を含んだまま粕が二次利用できるし(どんなものが出来るかわからんけど…笑)、うるち種ならむぎこがしにも使える。これならと考えました。
そこで、良さそうな裸麦の品種を探し始めたのですが、その前に、ここでちょっと大麦の種類の説明を。
大麦は、実の付き方により三種類に分けられます。
大きく分けて穂の全列につく「六条」、二列につく「二条」、四列につく「四条」の三つです。
四条はあまり作られていないようですが、「六条」は小粒で収量が多く(別名小粒大麦)、「二条」は大粒で粒ぞろいが良い(別名ビール麦)という特徴があります。
それらはまたそれぞれ、子実から皮がはがれにくい「皮麦」とはがれやすい「裸麦」に分かれ、さらに性質として「うるち」と「もち」に分かれます。
麦茶や押し麦にはおもに「六条・皮麦・うるち」の品種。
麦みそやむぎこがし用として愛されて来たのが「六条・裸・うるち」の品種。
俗にビール麦と呼ばれるのが「二条・皮麦・うるち」の品種。
最近注目を浴びている「もち麦」とは、主に「六条・裸もしくは皮麦・もち」の品種のことです。また近年、大粒の「二条・裸もしくは皮麦・もち」の品種も開発されて、人気が出てきています。
さて、ここでクイズでーす!この上の文中で出てきていない品種は何でしょうか?
ハイ、答えは「二条・裸・うるち」の品種です。
私は「地場で育てられている大粒なビール用麦と同じ二条種で、皮のついていない裸種のうるち」ということでこの品種はないか探してみました。そしたら…ありました!
「ユメサキボシ」。国産初の二条裸麦(うるち)の品種。2008年育成、とあります。
私は小躍りしました。早速ネットでどこか販売していないか?と探しました。
が…ない!
何と市販されていないようなのです。
私は途方に暮れ、その育成元である「農研機構」の広報に恐る恐る電話をしてみました。
すると、今度は直接の育成チームの方へ連絡を入れてみてくださいとのこと。そこで、電話をすると、生産地である佐賀か愛媛の農協に問い合わせてみてください、それでも難しいようでしたら、広報を通じてこちらに契約を取る形で種子をお分けしますので、広報の担当者に連絡を入れてくださいね、とのこと。
細い糸を辿るようにしてまず佐賀の農協に電話。すると、現在では農協からの頒布は終了しており、各農家での自家採種のみとのこと。ガックリして愛媛の農協に電話をすると、農協に経済連から買い戻す形でお分けが出来るが30キロ単位(!!)とのこと。さすがにということで、農協から納めている業者さんなら小量でも可能では?と紹介してもらい、業者さんに電話。そしたら「今、去年の物が香川の坂出の倉庫に入っとる。でも需要がないもんでねぇ、今年のもそれが無くなり次第引き取る手筈なんだが…」とか何とか。事情を聞いてみると、今まで使っていた六条より粒が大きいが故に、それを加工するふるいの目やら機械の調整やらをしなくてはならず、それを嫌ってか加工業者の需要が伸びなかったようなのです。栽培も今年で終わりになる予定らしいとか…。さすがに一キロばかりを取りに違う県の倉庫にまで取りに行って発送してもらうことも出来ず、この話もアウト。
で、結局最初の農研機構に電話を入れ、契約を結び種子を分けてもらうことが出来ました。その手続きにかかった時間は三週間余り。ネットで海外の珍しいものが簡単に手に入るご時世、わずかばかりの種子を手に入れるのにこんなにてこずったのは初めてでした。
今年は試作ということで、この「ユメサキボシ」とその後継品種でもち性である「キラリモチ(こちらは一般で販売がありましたが、むしろ人気があり過ぎて今年度産は品切れ。なので昨年度産の種子を入手)の二品種を別々の畑で育ててみることにしました。
果たして、ここで根付いてくれるかどうか。大きな実が実ってくれるか。梅雨前に収穫できるか。そしておいしい水あめが出来るか。そしてその先へ…。
たかが水あめですが、何だか「夏子の酒」のモデルとなった新潟・久須美酒造の「亀の尾(麦のように長い『のげ』の生えている昔の稲の品種)」の栽培から始まった酒造りみたいになってきました。
未知数だらけですが、目指すは十年後!
「田代の水あめおばさん」と呼ばれるのも悪くないなと、2020年秋、こうして大麦栽培から水あめづくりのスタートを切りました。
大きな麦の物語 その3「大麦栽培スタート」へ続きます。